その瞬間、舌を捉えていた鋏がショキと小気味よい音を立てた。夫人の膝にポトリと赤い肉片が落ち、巽が女のような高い悲鳴を上げる。
「雅子さんって盗み聞きの癖があるの。そして本当におしゃべり……」
うわ言のような弥子の呟きにハッとした。(そうだ、あの女は本家にも時々手伝いに来ていた)
ビクビクと痙攣していた夫人が今度こそ動かなくなった。鋏を床に落とし、弥子が巽を見つめる。
「ち、違うんだ、弥……」
「巽さんはひとつ勘違いしてる」
後退ろうとしても足は動かない。それどころか今は声も出せない。
「私が願ったのはお父さまの死ではないの」弥子が近づいてくる。ソファから教授の散弾銃を取り上げて。
「これで供物は三つ。あと一つと、二人の糸も魔法陣と同じ色に」
(クリムゾン……!)
「それで術式は完成」
弥子が喚んでしまったのは魔物か、それとも神なのか。
「私が願ったのは、巽さんとずっと一緒にいること……永遠に」
彼女が左手を巽の目の前に挙げた。その細い小指にはおまじないの白い糸。
「あなたが私から離れても、必ず帰ってくるように。そう願ったの」弥子が静かに銃を構えた。だがその銃は。
(暴発で壊れて……)
「ふふ、冗談です。最後の供物は私。糸も私の血で」
弥子が銃を下ろそうとした次の瞬間、銃声と共に巽の胸に穴があいた。
(え……?)
「あら、壊れてるのに弾が……? 変ね」
崩れ落ちた巽を、大量の血が真っ赤に染める。それは彼の小指の糸をも赤く。
「私、彼らに気に入られたのかしら。まあ、どうでもいいわ」巽の血に自分の小指を浸し、弥子は嬉しそうに頬を染めた。
これであなたは必ず戻ってくる。クリムゾンの糸が道標となって。
何度も、何度でも……。
──駅舎前の舗道から芒野のあぜ道へ。いくつかの分かれ道を進んだ先で、巽はふと足を止めた。
「おかしいな……また迷ったかな」
その胸を風が通り抜けていくのも気づかずに。