人柄と芸は良いとして「惚れました」という言葉に違和感を覚えた。
こんなオッサンに「惚れました」と言われてもなあ。ちょっと気持ち悪い。
さあ、どうするか?
どうもこうも、きのうあのイケメン椿沢が現れて、人生最大級に狼狽したその翌日に、またこの出来事だ。当然、狼狽が重なる。二乗から三乗……うーん、もっとか。
やはり、きのうと同じようにするしかない。
喜之介はそう結論付け、同様に対処した。
そのまま帰宅して、一人暮らしの部屋で横になり、黙然と天井を見つめる。
うーん。うーん。うーん。低く唸り続ける。
どうしたものか? きのうと同じ懊悩(おうのう)。
三十周年の節目を前にして、それなりに色々と思い悩んでいた日々に、突然起きた驚きの出来事。それが二日連続。かなりレアなことだ。自分でも信じられない。ホンマにどないなってんねん。
最初にやってきた弟子入り志願者の椿沢祐斗に言ったように、とりあえずその場から逃げようと「今、急に言われても困るから、日を改めて」と告げた。
「分かりました」オッサンは素直だった。イケメン椿沢と同じだ。
そして、全く同じようにメモを渡された。
「ほな、次、いつどちらへお伺いしたらええか、ここに連絡いただけますでしょうか?」
意味は同じだが、オッサンは、まさにオッサンの口調で喜之介に告げた。
渡されたメモには名前と連絡先が書かれてあった。
岩崎信男。いわさきのぶお。
「あのう、『いわざき』と違います。『いわさき』です。濁りませんので、そこんところご注意ください」
知らんがな! こっちからしたら「いわざき」であろうが「いわさき」であろうがどっちでもいい。
「名前も間違えんといてくださいね。『のぶお』です」
いや、普通の読み方やん。どこをどう間違えるというのか? それ以外に読みようがないわ。 イケメン椿沢のメモには生年月日が書かれていたが、岩崎の場合は名前と携帯番号だけだ。
後日、連絡するとして、今、ここで確認したいことがあった。それは年齢だ。「ほな、失礼します」