けど妹はシーツをそのまんまにしといた。加えていっぺんグレゴールが頭で慎重にシーツを持ち上げて、この新たな試みを妹はどない思うとるか見てみたとき、グレゴールは感謝のまなざしを目にした気ぃさえした。
最初の二週間、両親はグレゴールの部屋に入る勇気がどうしてもわいてこんかった。二人は妹が今してくれとる仕事を文句なしに認めてる、そんな会話がちょいちょいグレゴールの耳に入った。
役立たずの小娘くらいに思うとった妹に二人はかつてしょっちゅう腹を立てとったんやけれども。それが今や父親と母親の二人してグレゴールの部屋の前で待ち構えて、そん中のあれこれを片付けとった妹が出て来るが早いか妹にこと細こう話させた。中はどないな様子か、グレゴールは何を食うたか、グレゴールはどうしとるか、ちょっとでもようなる兆しはあったか。
ところでほどなく母親はグレゴールのとこに行く気を起こしたけど、父親と妹は最初もっともな理由を並べて母親を引きとめた。グレゴールとしてもよう聞いてみたら至極もっともな理由やった。けどしまいには母親を力づくで止める他あれへんようになった。
「グレゴールのとこに行かしてくれてもええやんか、あたしのかわいそうな息子やで! 分かれへんの? あたしが行ったらなあかんねん!」と母親が声をはり上げたとき、母親が入ってくれたら大助かりやなかろうか、そら毎日とは言わんけど週にいっぺんくらい、とグレゴールは考えた。
やっぱり母親の方が万事バッチリ心得てる。妹は勇気こそあるもののほんの子どもやし、とどのつまり大きな厄介を引き受けてくれてんのも子どもらしい浅はかさゆえでしかなかろう。
母親に会うというグレゴールの願いはじきに叶うた。
次回更新は3月6日(木)、8時の予定です。
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