[四]
ある昼下がりのことだった。骸骨は神妙な顔つきで岬の小径に腰を降ろしていた。そして遠くでピイーッと貨物列車のホイッスルが鳴ると、そそくさと地面に耳を押し当てた。次いでやや暫く目玉をクリクリさせていたのだが、やがてがっかりした様子で面を上げた。
聞こえるのは辺りを包む蝉の声だけで、何度繰り返しても、どんなに耳を澄ましても地面の奥からは何の物音もしなかったのだ。
「うふふ、やっぱりダメ?」
「エエ、小生ニハ電車ノ音ハ‥‥聞コエマセンナ」
「あ、そう、ガイ骨さんって耳が‥‥遠いんだ」
和美は耳と遠いというところに妙なアクセントをつけて悪戯っぽく笑った。そう言われると骸骨は意地になってきた。そしてまたホイッスルが聞こえると、今度こそはと地面に耳を強く押し当てた。
岬の直下には信越線の複線トンネルが走っており、長い貨物列車だとその通過音が聞こえるのだという。それを辺りの騒音の中から聞き取れるようになると、サックス等楽器の音色の違いもよく解るようになるというのだ。
音楽家の和美のことばなので骸骨は疑いもしなかった。そして一所懸命耳を欹てていたのである。だが本当のところは冗談半分の作り話らしかった。骸骨があまりに向きになるものだから、ついくすくす笑いながら、いつまでもタネ明かしをしなかったのである。
【前回の記事を読む】突然現れたあの男の、妙に生々しいマスクと手袋が気になっていた。「おい、そのガイ骨ってぇのは何のことだ、あいつのことか?」
次回更新は3月7日(金)、11時の予定です。
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