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数日後、光一は日暮里駅からほど近く、谷中霊園に隣接した閑静な住宅街の一角にある古びた屋敷の前に立っていた。
大きく「守屋」と書かれた表札。その表札がはめ込まれた古びた門柱にはツタが絡まり、よほど近づいてみなければ読み取れない。
「まるで鎮守の森だな」。光一は、おおい隠すように鬱蒼とした木立の奥に建つ屋敷を眺めながらそう呟いた。いまはまだ冬枯れの木立だが、草木が繁茂する季節には、こんもりとした森の様相を呈するに違いない。
代々続いているという老舗の和菓子屋の社長宅だから、ごく自然に和風の屋敷を想像していたのだが、予想に反してクラシックな洋館とは。光一はこの事実にも意表を突かれていた。
気を取り直して呼び鈴を鳴らす。すると、すぐにインターホンから聞き覚えのある声が聞こえた。
「いま開けますので、入ってきてください」
言われるままに、ゲートをくぐり内玄関まで歩みを進めた。玄関の扉が開き、例によってスリーピースをきちんと着こなした若社長が出迎えた。そうか、この館なら似合うな。光一はそう感じた。クラシックな洋館を背景にすると彼のスタイルが妙になじんでいる。
「迷いませんでしたか?」
「いえ、すぐにわかりました」
「わざわざお越しいただいてありがとうございます」
吹き抜けの開放的な玄関に入ると、いかにも上質な皮革でできたスリッパを勧められ、ひとり館に上がった。
「こちらです」
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