【前回の記事を読む】やはりこれは殺人だった……! 密室で死んだ先代社長、少女の告白が新たな謎を呼ぶ

第一章

ふと気がつくとコーヒーの芳(こう)ばしい香りがふたたび室内を満たしている。

「そう言えば……」。啓二が何かを思い出したように言った。

「その書斎、荒らされていたんですか?」

「いや、何ごともなかったかのように整然としていた。それも自殺と断定した理由の一つなんだろう」

「じゃあ、何かなくなっていたとか?」

「それはわからない。書斎の主でなければ……あ……ちょっと待て。バインダー。あのとき物音が聞こえて」

「バインダーですか」

「バインダーが10冊ほどきれいに並んでいた。その棚にほぼ一冊分だけ隙間が……」

小太郎が淹れたてのコーヒーを運んできた。光一は専用のマグカップを手に取り、気を落ち着かせようとひと口すすった。

「迂闊だったな。あのときお手伝いさんが入ってきて気が動転していたんだ。啓二、もしかしたらお手柄かもしれないぞ。とにかく手がかりがもう一つ見つかった。もう一度あの屋敷に行ってスクラップブックの行方を確かめないと」

そう言うと光一はひと口コーヒーをすすり、若社長から預かった本のしおりを手にして、さらに続けた。

「それに、これだ。ヒエタノアレモコロサレキ……。書斎の主が書き残したというあの文字だ。きっとなにかを伝えたくて残したのに違いない」

光一は一瞬、遠くを見るような視線になり、なにかを思い立ったように我に返って続けた。

「啓二、依頼された仕事のほうは、例の線で進めておいてくれ」

「光一さんはどうするんですか」

「オレか」。そう言うと、小太郎に視線を送りながら続けた。

「ちょっと九州まで行ってくる」