【前回の記事を読む】「彼は、死ぬ間際にあるコトバを残した。“ヒエタノアレモコロサレキ”」…ヒエタノアレ? 聞いたことがある、確か『古事記』の…

第一章

よく磨きこまれた廊下には、冷気とともに独特の古びた匂いが漂っている。

よく見ると玄関扉やげた箱の扉の表面には、装飾の文様が刻みこまれている。なかなかに凝ったつくりであることは廊下を歩いているだけで感じ取れた。

長い廊下を奥へと進む。一度左に折れ、次に右に曲がった廊下のどん詰まり。若社長は、奥まった部屋の重厚な木の扉の前で光一に振り返るとようやくコトバを発した。

「最近の父はほとんどこの部屋にこもりきりでした」

そう言われて部屋に一歩入った瞬間、光一は思わず息をのんだ。広さにしてざっと30畳はあるだろうか。屋敷全体の構造から考えて離れとしてつくられているようだ。高い天井には大きな明かり取りの窓があり、冬の陽光がやわらかく差し込んでいた。

広さもさることながら光一が瞠目したのは、周囲を取り巻く壁という壁に天井まで届くかというほどのつくりつけの書棚。そこにはぎっしりと書籍が埋め尽くされていた。

「書斎というよりも、まるで図書館ですね」

「はい、稀少本もかなりあるようです」

光一は興奮を隠しきれなかった。部屋の真ん中に立ちつくし、360度ぐるりと見渡した。

部屋の片隅には、脚立が置いてある。これもまた特注品なのだろう、書棚の上方にある丈夫そうなパイプに接続されていて、キャスターで360度自由自在に動かせるものだった。

「この部屋、八角形ですね」

「わかりましたか。父がこだわりにこだわってつくりあげた書斎です。この八角形には深い意味があると言っていました。屋敷自体は祖父が建てたものらしいのですが、この書斎は父が自ら図面を引いたと聞いています」

書棚に近づいてみると、印字されたタイトルが目に飛び込んでくる。

「これは……」。光一はそうつぶやいて息を呑んだ。

「私にとって興味深い本ばかりです」

「きっとそうなのでしょうね。あなたの本を読ませていただきました。父がふだんから語っていたことと同じようなことが書いてある。それで父はあなたに会っておきたかったのでしょう」

「最近のお父上はいったいなにを調べていたのでしょうか?」

「さあ、わかりません。私が物心ついたときから父は本に囲まれていました。ふだん無口な父がときおり話す内容は私にはむずかしすぎて。話し相手としては物足りなかったのでしょう。ただ、最近……。妙に機嫌がよくて……。それだけに、余計自殺なんて……」

守屋氏は上機嫌だった、ということは何かをつかんだのか。光一はとっさにそう思った。

自分にも記憶がある。探し求めていた真実を見つけたときの喜び。深夜であろうが小躍りしたくなるような瞬間がある。誰かに話したい、誰かと喜びを共有したい。そんな気持ちになった夜が何度もあった。