真理を解き明かす多くの文献を渉猟(しょうりょう)するのは、骨の折れる孤独な作業だ。それはまさに大宇宙が描かれた壮大なジグソーパズルに挑戦しているような感覚だ。一つのピースをはめ込んだときの快感は何ものにも代えがたいのだが、しかしそれも単なるワンピースの発見にすぎないのだ。
そんな探究者が上機嫌だったという。取り組んできたジグソーパズルの絵の全体像が見えてきたということか。いったいなにをつかんだのか。会っておきたかったな、光一は改めてそう思った。
我に返って、入ってきた扉に視線を送りながら質問した。
「亡くなっていたのはこの扉ですか? ドアノブの位置がふつうより高いですね。それに、これだけ頑丈なつくりの扉なら人間一人の重さにも耐えられる」
「はい。アキ子さんが最初に発見しました。あ、家事の手伝いをしてくれている……」
「お手伝いさんですね」
「はい、お手伝いというよりも家族のような存在で」
「なるほど」。相槌を打ちながら光一は思った。
「それにしても……」
「そうなんです。どう考えても不自然だと思いませんか? 首をつって自殺を図るなら、脚立のパイプとか他にもっと適当な場所がある。いくら頑丈なつくりだとしても、扉のドアノブを使うなんて……」
「この扉の他に出入り口はありますか」
「はい、こちらの扉から庭に出られます。ただ、発見されたときには内側から鍵がかかっていました」
光一は腕を組んで考え始めた。
「殺人だとするなら、まるで絵にかいた密室殺人ですね」
「すみません。私は会社に戻らなければなりません。アキ子さんが、いま近所に用事で出ていますがすぐに戻ります。葛城さんのことは伝えてありますので、ご自由に調べてみてください」。若社長はそう言い残すと書斎を出ていった。
初めて訪れた他人の家。家人が出払い、一人取り残されるとさすがに心細い。やっぱり啓二か小太郎を同行させればよかった、と少し後悔した。
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