海津城(かいづじょう)
躑躅ヶ崎館(つづじがさきやかた)
杏は、三年前の十一月末に鳶加藤によってさらわれ、風間村を出た。それから、小田原の港で、日本海の秋田に向けて航行する北国船に乗った。
北国船は、銚子、那珂湊(なかみなと)、さらに北の石巻、八戸の港に立ち寄り、秋田に着いた。
乗船している杏と鳶加藤の姿は、さらわれたというより、仲が良い二人が旅に出ているようにも見えた。船上から見える大海を背に、鳶加藤は杏に自分の夢を語った。
「俺は、この航路全ての領地を支配する大名にのし上がる」
立ち寄る港で様々な珍しいものを発見し、高揚していた杏は、その夢に酔いしれた。今まで、山の景色しか見たことがなかった杏は、潮の香や海岸線の景色、活気のある港町に魅せられた。
鳶加藤は、常陸(ひたち)(茨城)の出身で、幼少の頃、商人であった両親に連れられて、何度か那珂湊から船に乗った。
幼少ながらに、大海原を見ていると、自分がどんどん成長していくのではないかと鳶加藤は思っていた。
鳶加藤とは、鳶のようにあちこちに移動する能力があるという意味で付けられたあだ名である。本名は、加藤段蔵 (だんぞう)と言う。
風間村の孤児の館に連れられて来た他の者たちと同じで、加藤も幼い時に両親がいなくなり孤児になった。
商人だった父親は、段蔵が八歳の時、不慮の事故で亡くなった。残された母親と段蔵は、大黒柱を無くし、生活に困窮した。