重家は、加藤を足軽ではなく、下級武士として雇った。足軽の年収は、一貫五百文(約二十万円)だったが、下級武士は、五十貫(七百五十万円)も貰えた。そのお金で、加藤と杏は、新発田氏の拠点である新発田城の城下町で暮らした。

二人が越後で暮らすようになってから、半年が経った六月、牡丹に蝶が舞う初夏の季節になる。牡丹は富貴の花、貴人の花として知られている。そのピンク色の八重牡丹は、大輪の花を咲かせていた。

鳶加藤は、新発田重家の覚えめでたく、益々、重用された。冬の雪国の生活を過ごし終えた杏は、その様子を微笑みながら見ていた。

ある日の晩、新発田城下にある鳶加藤の屋敷の外で、杏は夜空を見ていた。水面に浮く葉の上にいる蛙の鳴き声が、ジリジリジリと聞こえる。

─自分の選択は間違っていない。加藤は、知らない人ともすぐ打ち解ける能力があり、実際、新しく仕官した新発田家でも重用されている。

加藤と共に世界を切り拓いていく程、スリリングな世界はない。自分に言い聞かせるように、杏はぼんやりと映る遠くの山を見ながら、独り考えていた。

その日の夜は、月が出ていない〝星月夜(ほしづきよ)〟だった。無数の星が砂金のごとく光り輝いている。

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