「それじゃユミの方が先輩じゃないの」と小百合さんが言う。
「金大、あ、地元では金沢大学のことをこう呼ぶのよ。金大で一番くらいのさぼり屋さん、それこそ図書館で詩とか短歌とか小説ばかり書いてるのよ」
と続けて、僕からユミに視線を移した。ユミは、
「さぼってるんじゃないわよ。国文科の学生として創作活動にいそしんでるだけよ」と、口を尖らせて小百合さんを睨むようにする。
小百合さんは、「ユミ、文芸部だもんね」と言い、
「『ひなること』っていう詩集、大傑作なんですよ」と、僕に目配せをした。「『ひなること』って、どういう意味ですか?」と僕が訊く。
「悲しいということ。『ひなること』の『ひ』は悲劇の悲です」
「外に出で 我が在ることの悲しさに 口を結びて 三日月を見る」
「昼寝して 目覚めし後の悲しみは 我が振る舞いの ピエロにあるかな」
小百合さんはかしこまった言い方を続けた。
するとユミは、「それ以上言ったら、今すぐ帰る」と、語尾を強くしてテーブルに両手をつき、立ち上がる素振りを見せた。
ユミの剣幕に小百合さんは驚いた様子で、「ごめんごめん」と少し慌てたふうに見えた。それで僕が「何か頼もうか」と言ってメニューを手に取ると、小百合さんは飲み物の方のメニューに手を伸ばした。ユミはちょっと本気で怒っているようで、頬を膨らませてその恰好のまま動かない。
【前回の記事を読む】「平気なはずないでしょ…でも、三人も子どもができちゃって。一回殴られたくらいで離れるわけにはいかないんだよ」
【イチオシ記事】あの人は私を磔にして喜んでいた。私もそれをされて喜んでいた。初めて体を滅茶苦茶にされたときのように、体の奥底がさっきよりも熱くなった。
【注目記事】急激に進行する病状。1時間前まで自力でベッドに移れていたのに、両腕はゴムのように手応えがなくなってしまった。