ユミは親友の前に座って、しばらく自分の出番はありませんという顔で彼女の顔を見ている。淡いピンクのタンクトップのブラウスに落ち着いた同系色のミニスカートをはいている。

「病院の宿舎がすぐそこなんです、わざわざ来ていただいて申し訳ありません」と小百合さんが言った。

わざわざも何も、半ば強引に連れて来られた僕が返す言葉を見つけられないでいると、ユミは、

「ピカピカの東大生のくせに、ずいぶんと贅沢な悩みを抱えているらしいの。いろいろ聞いてあげてくれる?」

と、親友に顔を近づけながら声を潜めてそう言った。

「東大合格おめでとうございます、すごいですね」

と小百合さんは言ったが、金沢大学の医学部だって偏差値では大して差がないことを僕は知っている。

ただ東大は一次試験でオールマイティーな学力が試されるから、理科系の受験生でも文科系科目、例えば日本史、世界史、地理や古文、漢文などのうち複数科目の受験勉強もしないと東大には行けない。これがけっこうな壁と考えられていて、時々、小百合さんのような言い方をされて褒められる、と言うか、持ち上げられる。少しは鼻が高いが、実はそうでもない。

なぜなら、僕は医者になりたいのだから。だからこう言われるたびにものすごく複雑な気持ちになる。何も知らない脳天気だった四月、五月頃なら「偏差値はほとんど同じですよ」と普通に言えたはずだけど、東大では決して医者になれないとわかった今、この話題が一番つらかった。

だから僕は「入っただけじゃ大したことじゃないですよ」と、捨て台詞のように言い放つほかなかった。

ユミは僕の事情を全部知っているのに、「ほんとはお医者さんになりたいんだって」とは言わなかった。その代わり、

「せっかく東大に入ったのに、授業さぼりまくって図書館に入り浸りなんだって」と言った。