第一章 東京 赤い車の女
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サキコさんは、
「平気なはずないでしょ。でも、金がなくって行ける所なんてあるわけないし、子どもを放っておけるはずがない。やっぱりあんたは全然仲間じゃないよ。何にもわかってない。私から見たらけっこうなお坊ちゃまだよ」
と言って、イチヘイを睨みつけた。そして、
「それぞれが訳ありで、お互いがこの世でたった一人の人間で、他の者じゃダメで、それで一緒になったんだ。他に何もすることがないから三人も子どもができちゃって。一回殴られたくらいで離れるわけにはいかないんだよ」
と言った。イチヘイが左手に押し込んだナプキンを両手に持ちかえて目に押し当てている、左目は眼帯の上から。
「幸せって、普通の会話が普通にできることでしょ? いつどんなときでも、普通に話ができることでしょ?」
「そうでしょ?」
とサキコさんは、にわかづくりの三人の仲間に向かって、正解を訊ねるような言い方で何度も何度もくり返しつぶやいた。
この日、僕はイチヘイと組んだ。喫茶店でのミーティングの後、自然の成り行きでそうなった。喫茶店を出て車に乗る時、ユミの隣の助手席にサキコさんが座ったからだ。今日は本郷通りから春日通りに入って後楽園まで攻めて、ダメだったら白山通りまで行くことになった。
十二時半過ぎに東大の構内に戻った。二人の組ごとに昼食をとることになった。四人一緒でないのは初めてのことだ。僕とイチヘイは東大病院を通り越して弥生門に行く途中にある建物に入って、二階の生協食堂で昼定食を食べた。豚肉の生姜焼きとキャベツの千切り、どんぶり飯に豚汁がついている。