相変わらず微笑んではいるが、その瞳はどことなく上の空だ。何か別のことが気になっているのだろうか。

「ああ、また鍵をなくしたとか?」

ふいと視線を逸らし、ゆっくりと首を振る。

「じゃあ空を見に来たのか? 相変わらず変わってるな」

辺りに居たたまれない空気が立ち込める。彼女は黙ったまま踵を返すと、そのまま本殿の裏手へ駆けて行った。

「待てよ!」

言うより早く、逃げる背中を追いかけている自分がいた。

裏手には林の切れ間があり、そこから北側の町並みを一望できる。彼女は境内を取り巻く色褪せた柵の手前に佇んで、ぼんやりと町を眺めていた。

水色のワンピースの裾が緩やかにはためいて、それは青空が映り込んだ水たまりと、そこに波紋を描く天気雨を思わせた。そんな湿っぽい後ろ姿とは対照的に、膝丈のワンピースの下からは活き活きとした白い脚が伸びている。

彼女のすぐ傍まで迫りながら、肩に手を伸ばすことも、そっと横に並び立つこともできなかった。それでもどうにか気持ちを奮い立たせ、今、最も訊きたい一言を愚直に絞り出す。

「何か、あったのか?」

彼女はかすむ町並みを望んだまま、振り向こうともしない。ゆっくりと歩み寄り、さりげなく横顔を覗き込んだ。その頰には、切ない雨の跡が一筋光っている。

「ごめん、帰る」

すれ違う細い腕を咄嗟に摑んだ。振り返った彼女の潤んだ瞳が、国生を冷たく責める。

「離して!」

引っ込み思案で臆病だった彼女のどこに、こんな激情が潜んでいたのだろう。その迫力に気圧されながらも、懸命に言葉尻へ食らいついた。

「泣くくらいなら話せ」

「どうして訊きたがるの? 三年話さなくても平気だったくせに」

思いも寄らない噛みつきが心を引き裂いた。三年という時間の重さに胸が潰れそうだ。

「──悪かった。謝るから泣くな」

 

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

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