「ああ、本田は確か……」

そう言いかけて、慌てて口を閉じた。範子のクラスは知っているが、そのことを知られると何となく気まずい。

「私は一組。毎日同じ学校に通ってるのに、なかなか会わないよね。稲葉君、すごく背が伸びてて、近づくまでわからなかった」

それはお互い様だった。範子もかなり身長が伸び、印象的だった丸顔はすっかり細くなっている。ただそれでも、肌の白さと独特の愛嬌はしっかり残っていた。

ショートだった髪は肩下まで伸ばされ、くせ毛なのか少し波打っているが、手入れが行き届いていて散らかった印象はない。

顔立ちは大人びて、ピンクの玉のついたヘアゴムで左右に結った子供っぽい髪型が、成長の度合いを余計に際立たせている。もしこれが初対面なら、彼女のことを同級生だとは思わなかっただろう。

「俺、そんなに変わった?」

「うん、前より男っぽくなった。稲葉君って、どちらかといえば可愛い感じだったから」同級生というより、歳の離れた姉のような返答。あまりいい気はしない。

「本田だって小さかったくせに。玄関の前に座り込んで、ずっと空を眺めて」

「そんなことあったっけ。よく覚えてるね」

「空ばっか見てるのが変だったからな」

範子の大人っぽくも愛らしい苦笑いが、痺れに似たもどかしさを誘う。だがその笑顔には、暗いくすみのようなものが少なからず混ざっていた。間違いなく彼女は、地味で人見知りだったあの頃より笑うのが下手になっている。

「そういえば、稲葉君は何しに来たの?」

「別に。本田は?」

「私? 行くとこないから」

「それでわざわざこんなところに?」