【前回の記事を読む】期待したような父ではなかった。何かを隠し、逃げる父。逃げるくらいなら、もう二度と帰って来なければいい。

アパートの向かいの雑木林が、聞き慣れた葉擦れの音を奏でている。天を見上げると、千切れ雲が青空を孤独に漂っていた。

国生の足は住宅地を抜け、町外れの水田地帯を横切り、その先の小高い丘を目指して淡々と進んだ。若草の香りを含んだ風が全身を撫でる。石造りの古い鳥居と、苔だらけの石段がようやく見えてきた。

鳥居をくぐって石段を登り、鬱蒼とした林に囲まれた神社の境内で足を止めた。人影はなく、左手には水の枯れた手水舎、正面には小屋ほどの大きさの寂れた本殿が鎮座している。その他にあるものといえば、小鳥のさえずりと微かな風の音くらいのものだ。

細い木漏れ日が無数に射し込んで、地面に白い斑点模様を作っている。何気なく頭上を見上げると、ひときわ大きく開いた枝葉の間から、鮮やかな青空と、先ほど見つけた千切れ雲が覗いていた。

「稲葉……くん?」ぎょっとして辺りを見回した。この神社は神職が常駐しておらず、社務所のような施設もない。息を詰めて人の気配を探していると、本殿の裏手からおずおずと人影が現れた。

「久し振り……でいいのかな。稲葉君は三組だっけ」

声をかけてきたのは、国生と同じく十一歳になった本田範子だった。

三年生のクラス替えで別のクラスになったきり、範子とはまともに顔を合わせていない。登下校時に見かけることはあっても、お互い声をかけることはなかった。