二か月前、旭川の病院で注がれたホワイトリカーはやさしいオレンジ色に染まっていた。僕はみかん酒の容器に目玉を近づけ、鶴本さんを透かして見た。オレンジに染まったハゲが、柴犬のような目をこちらに向けている。
「旭川の病院で同室の人がつくってくれたんです。知ってます?」「知ってるよ。リモネンが5αリダクターゼを阻害するんだよね」
「朝晩二回、頭部に吹きつけています」
「効果はありそうかい?」
「まだわからないです。けど、なんとなく生えてきそうな気がします。最近は吹きつけるのが朝晩の楽しみとなりました。鶴本さんは何か塗っているんですか?」
「いや、今は何も塗ってないよ。すこし前まではミノキシジルやフィナステライドをやってたんだけれど、合わなかった。大量脱毛しちゃってね」
「そうなんですか……。自分も以前ヘアハゲーンっていう育毛剤を使って、抜けたことがあります。効くものに出合えるといいんですけどねぇ」鶴本さんは身をのりだすと、面白そうに言った。
「一説によると、究極の育毛剤はすでに完成しているっていうね。被験者のほとんどが生えたらしい」
「じゃあ、どうして販売しないんですか?」
「毛母細胞と一緒に悪い細胞も促進させてしまうらしいんだよね。がん細胞みたいな」
「そら、マズイわ」
「でもお兄さん、そんなに頭が気になるの?」
柴犬のような目が、しげしげと僕の頭を見つめる。
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