クマリの館
ヒマラヤを望むナガルコット行きは、一月三日と四日に延期が決まった。そこで、翌日からのストライキを控えた一二月三一日は、カトマンズの旧王宮があるダルバール広場へ行くことにした。
ここで興味があるのは『クマリの館』。クマリとは、由緒ある家柄の少女の中から選ばれる、人間の姿をした強力な女神。親元を離れて、日々神としての振る舞いを教えられ、日頃はクマリの館に住むことになる。
人々の病気治療や願望成就の祈願、占いなどを行い、祭礼のときだけ町を巡る。国王さえもひざまずかせるクマリだが、成長後は往々にして不幸な運命を辿ることも多いという。
「高い拝観料を払うと、二階の窓からつまらなそうな顔を出してくれる」とガイドブックに書いてあったので、ドキドキしながら薄暗いクマリの館へと進む。二頭の石造りの獅子の門をくぐり、中へ入ると……。
ガーン!
思い切り梁に頭を打ち付けてしまった。火花が飛び散るくらいの衝撃に痛みが走る。しばらく声も出せなかった。どうしてこんなに痛むほど打ち付けたのだろう。暗い中に黒い柱。梁がこんなに低いところにあるなんて、全くわからなかったのだ。
二人で顔を見合わせて「これはクマリ様のたたり?」と言っているうちに、頭のこぶがみるみる腫れてきた。必死で我慢する私に向かって、「高い拝観料を出さないとクマリも見れないし。ここはやめようか」と気遣う友人。
確かに自分でも「なぜここまでの痛い思いをさせるのか!」という怒りが湧いていたので、あっさりその言葉にしたがった。
ちょっと不気味なあの館。写真を見るだけで、今でも痛みがよみがえる。昔からの風習とはいえ、選ばれた少女は家族から離れて館に幽閉されていたという。きっと家族も大変な苦労を強いられたことだろう。庶民で十分と思えるのだった。