自らの心の傷が病んでしまって、もはや漂流事故前の思いやりのある父親ではない。恵理への愛情はさることながら、関心もなくなっていた。
そんな世捨て人のように堕ちていった祐一にとって恵理が働いてくれることになったのだ。今では夢も希望も失った生活をしているが、金は現実のことである。この現実は、喜怒哀楽の中で欠けてしまった喜の部分を多少修繕してくれたのだ。
恵理は無事、中学校を卒業した。
智子は、恵理を連れて八丈島に買い物に行った。社会人になるのだ。OLとして恥ずかしくないようにスーツとハイヒールを買って美容院に行くのが目的だ。本当は東京で買いたかったが、家計は火の車。八丈島まで行くのがやっとであった。
それでも、娘に不憫な思いはさせたくないので、八丈島で一番トレンドに詳しい洋品店と靴屋で選んだ。まず、洋品店に入った。恵理は女性としてほぼ標準体型だったため、既製品で見栄えのする濃紺のスーツに決めた。
その後、靴屋に入った。恵理は真っ赤なハイヒールが目に留まった。眩しいほどの輝きを放っている。恵理はたちまちこの赤い靴のとりこになった。ほしくてたまらないので、智子にめったにしないおねだりをした。
「この赤い靴がいい!」
「お嬢さんにお似合いですよ」と、店員はこの靴を売ろうとした。
智子は恵理から珍しいおねだりだ。買ってあげたかった。しかし、役場にふさわしい色ではない。
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