2 悟のこと

悟の家は農家だ。畑で草とりをしながら、コブナ図書館でのできごとを、思い出していた。

波奈は明るく活発で、だれとでも仲よくしている。文子はいつも一人で静かに本を読んでいる。

生活班でも係の班でも、二人といっしょになったことはない。だから悟は、二人と一度も話をしたことがなかった。

それが突然、向こうから話しかけてきたのだ。ノートのメモにも驚いた。グループ研究へのさそいだった。ところが、あの難しい性格の研一が、なんと目でオーケーしていたのだ。

草とりは単純作業だ。でも悟はきらいではない。一人でもくもくと作業をしていると、いろいろなことに思いがめぐる。今も急に、小さいころのできごとが心にうかんだ。

思い出されるのはあたり一面緑一色の風景。悟はかごの中に入れられていた。まだ歩くこともできなかった悟は、だれかが迎えに来てくれることを待つしかなかった。

悟の父も母も農作業中。大きな鳥が近づいてきた。そして悟の顔をジロジロ見た。くちばしでつつかれると思った。怖かったが泣かなかったような気がする。

場面が変わった。やっぱりかごに入れられていた。こんどは小屋の中だ。でも自分で好きで入っていたわけじゃない。

鳥のときより、もっと怖かった。小屋の天井からヘビがぶらさがって、悟の顔をジロジロ見た。ゾッとした。泣き叫んだかどうかは記憶にない。

今思い出すと、鳥はキジ、ヘビはアオダイショウだったと思う。マムシだったとは思いたくない。記憶にくっつく恐怖感が、もっと大きくなってしまう。それはかんべんしてほしい。

悟の好きな教科は理科。当然だと思う。小さいころから、自然の中で育ったのだから。

トンボだって、チョウだって悟のまわりを飛び回っていた。春はタンポポやスミレ。夏はトウモロコシやエダマメ。秋はカキやクリ。冬はマガモやヒドリガモがやって来る。

これで、自然がきらいだったら生きていけないじゃないか。遊び相手は自然。だから学校はあんまり好きじゃない。遊び相手はいない。

そうだ、一人だけいた。宮川研一だ。

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