第一章 今生の別れ
二〇〇一年十二月二十四日
父は天井に目をやり、少しの間考え込んでから、「お母さんは、もう少ししたら天国に行くんだ」と、言った。
「天国? いつ帰ってくるの?」
僕が首をかしげると、父が顔を振る。
「いつ帰ってこられるか分からないけど、暫くは雲の上から光とお父さんを見守ってくれるんだ」
そう言って、父は僕を抱き上げ立たせると膝をつき、棺の中の母に顔を寄せた。
「沙代子、帰ってこいよ」
父は、母に口づけをした。
僕も、母の頬に唇を当てる。母の手に触れてみると、いつも温かった手が、ひんやりと冷たかった。それでも僕は、ずっと母に触れていたかった。無意識に母の頭を撫でる。あまりに母の寝顔が安らかで、今にも目が開きそうだったから。
すると突然、僕の手のひらにビリビリと感電したような衝撃が走った。
驚いて母の頭から手を離すと、母の頭上から白い霧が現れた。白い霧は、もくもくと大きい雲のような形になり、その中に赤、ピンク、黄色、黄緑、橙の五色の筋となって渦を巻いている。
何が起きたのか分からなくなり、体が硬直した。虹色の雲は、ゆっくりと母の頭を離れると、天井に向かって上昇する。僕の目が虹色の雲に釘付けになる。
それは、母の好きだった彩雲のように見えた。彩雲は父と僕の頭の上を浮遊した。静かに僕たちを見守っているかのように。
「光、見えてるか」
父が、浮遊している彩雲を見ながら口を開いた。僕はポカンと口を開けたまま声が出ず、首をたてに振った。
「これは、お母さんの魂だ」
僕は振り返り、父の顔を見上げた。
「お母さんの魂? でも、お母さんはそこにいるよ」と棺を指さす。