第一章 今生の別れ
二〇〇一年十二月二十四日
「走っちゃ駄目よ」と言うふくちゃんの声を聞いても我慢できず、全速力で駆け寄り、父の胸に飛び込んだ。父は僕のぬくもりを感じ取るように、ゆっくりと頭や背中を撫でながら肩を震わせていた。
集中治療室にいる母の体には、たくさんの管が付けられ、見たことのない機械につながれていた。頭や腕にも包帯が巻かれている。
ガラス越しに母を見ていた僕は、中に入りたくてしかたがなかった。でも病院の規則で、六歳以下の子供は入れないと言われた。
僕は五歳の誕生日を迎えたばかりだったので、母に触れることも近づくことも、できなかった。
父とふくちゃんは、十五分だけ交代で入ることができた。
僕が怪我をした時に傷口を消毒した母が、ふうふうと息を吹きかけ、「痛いの痛いの飛んでいけー」と言うと、不思議と痛さが和らいだことを思い出した。
「お母さんに、ふうふうしてあげたい。お母さん、痛くないかな」
横で心配そうに見ているふくちゃんに問いかけた。
「ここからでもちゃんと光の気持ちはお母さんに伝わってるから、頑張れって応援してあげようね」
目を腫らしたふくちゃんは、僕の手をぎゅっと握った。 僕はガラスの向こうの母に向かって、「ふうふう」と息を吹きかける。
そして、「がんばれ、がんばれ」と囁き続けた。
何度も、「ふうふう、がんばれ、がんばれ」を繰り返していると、泣き腫らした目から、また大粒の涙がこぼれ落ちる。
短い面会を終えた父が来て、僕を抱き寄せた。
「大丈夫。お母さんはきっと良くなる。だから光も、ちゃんと食べて寝て元気でいて、お母さんを待っていような」
自分に言い聞かせるような父の言葉に、僕は涙を手で拭いながら頷いた。
母の容態が急変したのは、それから二時間後のことだった。