第一章    今生の別れ

二〇〇一年十二月二十四日 

車は大きな通りに出ると、クリスマスの電飾で輝く建物の間を通り抜ける。さらに車が加速し、スピードを上げると、たくさんの光が筋になって流れているように見えた。

光が消え去り、暫く暗い道を走った後、ようやく車は大きな病院の駐車場に停車した。父は車から降り、チャイルドシートから素早く僕を抱き上げると、駆け出した。

振り落とされそうで、僕は必死に父にしがみつく。

病院の裏手にある自動ドアから中に入ると、看護師が駆け寄ってきた。

「諏訪さんですか?」

「はい、妻は、妻は……」

息を切らしながら父が声を絞り出す。

「こちらへ」

看護師が僕たちを案内する。

「こちらでお待ちください」

それだけ言うと、足早に処置室へと入っていった。

父は僕を長椅子に座らせた。

「ふくちゃんに電話してくるから、少し待ってて」

父は出入り口にあった公衆電話に戻っていった。父の後ろ姿を見ると、コートも着ずにジャージ姿のままで、足元はゴミ出し用のサンダルを履いている。僕もコートを着ていないことに気づき、急に体中が冷たくなった気がした。

ほどなくして、父がサンダルの音を響かせ戻ってきた。

「ふくちゃんが迎えに来たら、光は先に帰ろうな」

「でも僕、お母さんに会いたいな」

「お母さんは怪我をしていて、すぐには帰れそうにないんだ。だから光は家でおりこうさんにして、ふくちゃんと一緒に待っててくれるかな」

「うーん、いつ帰ってくるの?」

僕が不安げに父のジャージの裾を掴むと、「まだ、分からないんだ。分かったら電話するから、光、待てるよな?」と、父が僕の両手を握りしめる。

「うん、分かった。絶対電話してね。絶対だよ」

頷くと父は僕を抱きしめた。

病院の中なのに、どこから流れてくるのか、ひんやりとした風が頬に触れる。僕は父の胸に顔を埋(うず)めた。暫くその状態でうとうとしかけていると、バタバタと馴染みのある足音が近づいてきた。

病院には不釣り合いな、つばの広い帽子を被り、恰幅のいい体に花柄のワンピースを纏った、祖母のふくちゃんだった。旅行から帰ってきたふくちゃんは、大きなトランクケースを長椅子の脇に置き、肩で息をしている。

「随分早かったね」

父が立ち上がり、僕の横にふくちゃんを座らせた。

「空港からタクシーに乗ってマンションに帰る途中で、あなたから電話がきて、丁度ここの近くだったのよ。それより、どういうこと。一体何があったの?」