大判のタオルハンカチで首もとの汗を拭いながら、ふくちゃんは父を見つめた。

「まだ俺も詳しいことは聞けてないんだ。沙代子も処置室に入ったままで……母さん、悪いけど、家に帰って光の面倒をみてくれないかな。詳しいことが分かったら、すぐに電話するからさ」

「それはいいけど……。達彦も光もそんな格好で寒いでしょ」

ふくちゃんは、引きずってきたトランクケースを開けると、父に自分のダウンジャケットを手渡す。

「光は、丁度お土産で買ってきたから、これを着て」

続けてトランクケースから、値札が付いたままのコートを取り出した。

ふくちゃんが僕にコートを着せていると、二人の男が近寄ってきた。一人はグレーのスーツを身につけた年輩の男性で、もう一人はジーンズを穿いたラフな格好の若い男性だった。

「諏訪沙代子さんの、ご家族ですね」

年輩の男性が警察手帳を翳(かざ)す。

父が緊張した面もちで、両手をぎゅっと握りしめる。

「はい、そうです」

答えてから、ふくちゃんに目配せをして、僕を椅子から下ろした。

「光、行こうか」

ふくちゃんは、僕の手とトランクケースを引きながら病院を後にした。

「光、起きて!」

翌朝、ふくちゃんの慌てふためく声に起こされた。僕が寝ぼけ眼(まなこ)で起き上がると、ふくちゃんは素早く僕を着替えさせ、家の前に停車させたタクシーに乗り込んだ。

「市民病院まで急いでください」

そう言ったきり、ふくちゃんは無言のまま前を見つめていた。昨晩の車を運転している時の父の目と一緒だと思った。

話しかけてはいけないような気がして、僕も無言のまま、窓から見える景色をただじっと見つめていた。

病院の入り口には人だかりができていた。大きなカメラを持っている人もいる。

「報道陣みたいだ。何かあったのかな」

運転手が呟くと、ふくちゃんは財布を取り出した。

「ここで降ります」

料金を払い、僕の手を引き車を降りた。ふくちゃんに連れられ、正面玄関の裏手に回り、昨晩父と入った救命救急センターの入り口から院内へ入った。

左手にある受付で、ふくちゃんは集中治療室の場所を聞き足早に移動した。エレベーターで五階に降りると、通路の先に父が立っていた。

「達彦」

ふくちゃんが父を呼んだ。振り向いた父は目の下に隈ができ、一晩でげっそりと痩せこけて見えた。僕はふくちゃんの手を離し、父に向かって駆けだした。

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