ガラス越しに母を見ていると、中にいた看護師が突然、慌てた様子で集中治療室を出る。すぐに担当医が中に入り、母の容態を確認しているようだった。担当医が父を呼び、何かを告げている。 隣にいるふくちゃんがおろおろしていると、父が出てきた。

父は無言のまま僕を抱き上げ、ふくちゃんも一緒に集中治療室の中に入った。父が僕を下ろすと、僕は真っ先に母のそばに駆け寄った。母は、目を瞑(つむ)ったままだった。

口の両側が少しだけ上がっていて、優しく微笑んでいるように見えた。

「お母さん」

僕が呼んでも、母は起きなかった。

「お母さん、光だよ!」

今度は大きな声で叫んだが、それでも母はぴくりとも動かなかった。

「お母さん起きないよ。まだ寝てるの?」

父は僕の問いに答えることなく目を瞑り、顔をくしゃくしゃにして、ただ泣いているだけだった。

ほとんど寝ていないふくちゃんも、「沙代ちゃん……」と、弱々しい声で呼びながら、その場に泣き崩れてしまった。

僕は母の右手を握り、腕に巻かれた包帯の上から、いつまでも「ふうふう」をし続けた。

検死を終えた母が家に帰ってきたのは、翌日の夕方だった。検死の意味は、僕には分からなかった。

父と警察の人が話していることや、検死と聞いて動揺するふくちゃんの様子で、母の身に想像を絶する怖いことが起きたことは分かった。

お通夜は午後六時から、自宅の二階で行われた。一階にはふくちゃんが経営する喫茶店がある。

店の前には、大きなカメラを担いだ人やマイクを持った人などが、家の様子を窺っていた。家の前に見知らぬ人たちが群がっている。

その時の僕は、まだ母が死んだという現実を受け止めていなかった。病院で母を見てからずっと夢の中にいるようだった。