【前回の記事を読む】「お母さんは、もう少ししたら天国に行くんだ」父の言葉に戸惑いながら、冷たい母の手に触れていると突然感電したような衝撃が走り…
第一章 今生の別れ
二〇〇一年十二月二十四日
なっちゃんが頭の下に置いてくれた水枕で、少し楽になった気がした。
「光くん、痛いところはない?」
心配そうに言いながら、冷たいタオルで僕の顔を優しく拭く。
「うん、大丈夫」
僕はうっすらと笑みを浮かべた。
「お薬飲む前に何か食べないとね。おかゆ持ってくるね」
そう言って優しく微笑むと、なっちゃんは二階のキッチンへ下りていった。
一人になった僕は、起きてからずっと天井を浮遊している〝お母さん〟を目で追った。お父さんが言っていたとおり、お母さんの魂は誰にも見えていない。
「お母さん」
僕が呟くと、お母さんの動きが止まった。
「お母さん、ずっと僕のそばにいるよね。遠くに行ったりしないよね」
母の魂は、動かなかった。
「僕、おねしょしないし、夜にはお菓子を食べないし、お父さんの言うことも聞くから、お願いだから一緒にいてね」
大粒の涙が僕の目から湧き出る。すると、母の魂は下りてきて、ゆらゆらと動きだした。僕の顔に暖かい風がかすかに触れ、「泣かないで」と、言われた気がした。
パジャマの袖で涙を拭うと、母の魂はまた上昇する。魂は心だと言っていた父の言葉を思い出す。声は聞こえなくても会話をした気がして、心が落ち着いた。
「光くん、お待たせ」
なっちゃんが大きなトレーを持ち、戻ってきた。僕は慌てて、天井からトレーに視線を移した。