そこは英語も通じず、紫衣のドイツ語の理解力では道を聞いてもわからなかった。風が吹きすさぶ中、地図を見ながらライン川の橋を長い時間かけて歩いて渡り、やっとマインツに辿り着いた。一つ駅が違うだけなのにマインツは柔らかい空気の場所であった。

ドイツ、ライン川西岸にあるマインツは古代ローマ以来の歴史ある街で、マインツの丘の上に聖シュテファン教会という神秘の聖堂があった。どこに行くと決めていたわけではないが、そこへ行こうと歩き始めた。

緩やかなスロープを登ると教会の入り口があった。見上げると1911年まで監視塔や火の見櫓(やぐら)として使われた塔がそびえていた。その教会に入った瞬間、紫衣は崩れ落ちた。

息も止まるような青い光。この光で満たしているのはシャガールが描いたブルーのステンドグラス。久史がステンドグラスを作るのに探していた青がここにあった。

紫衣が久史にサプライズでプレゼントしようとしてもいつも作れなかったステンドグラスの青だった。

——お父さん、ここにあったよ——

紫衣は泣き崩れていた。

祭壇を見ると、ヴィルギス広場から仰ぎ見たステンドグラスが見える。シャガールの色彩は、希望と喜びに溢れていた。

ステンドグラスの光の中で、天使たちが天空を動き回っており、窓に埋め込まれたステンドグラスにもシャガールの暖かさを見ることが出来た。

「Geht es dir gut?(大丈夫ですか?)」

声をかけられた。

「Danke. Mir geht es gut.(ありがとうございます、大丈夫です)」

見上げると黒い髪の男性が立っていた。彼が遠慮がちに、「日本人ですか?」と聞いてきた。

「はい」

紫衣は張りつめていた何かが切れたのがわかった。

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