海鳴りの聞こえる町 

「小豆一升の値段で、田圃一反」

信じられない様な安い相場で、農地が手に入った。つねは意気揚々と家に戻り、剛三に報告した。剛三は、器量が悪いが度胸のある、若い女房を改めて見直した。

ヤミ米の精米を中心とする収入は、次々と田畑の買収資金となった。精米の、新しい機械も買い入れた。つねの胴巻きには現金がしまわれ、その上からモンペの紐をしっかりしばっていた。

田畑が増えた分、労働は厳しくなった。

つねは近所に出来た落花生工場の皮むき仕事も請負って、夜なべ仕事にしていた。二人の助けとなったのは、成長した子供たちである。田植えや稲刈りなどの農繁期には、忠助を留守役にして、家族揃って農作業に精を出した。

本庄家の台所は、外仕事から帰っても土足のまま食事ができるよう、かまどなどがある土間に長テーブルを設置し、ベンチが置かれていた。

全員が一度に座りきれず、立ったまま食事をする者もいた。飯時に、近所に住む健一がやってきて、

「なんだ、この家は。ゆっくり飯を食うこともできんのかい」 と茶化すと、口々に、

「いやあ、このほうが胃の中に真っ直ぐ通っていぐ(いく)から、消化によかっぺ」と笑いながら、言い訳をしていた。

食事の後は、ラジオから「ひるのいこい」のテーマ音楽が流れるなか、それぞれが座敷や板の間にマグロのように横になって昼寝をし、疲れをとっていた。