バースデーソングは歌えない。

3 抱擁 〜喜美子〜

「お母さん、お母さんはいつも明るくて、いっぱい励ましてくれましたね。心配をしてくれるけれど、その理由を聞き出そうとはせず、その代わりに大好物のハンバーグを作ってくれました。中学生になってからは、意見が合わないこともあり、よく喧嘩もしましたね。でも、私のことを思ってくれていたのだと、今になってわかります。

毎日、作ってくれたお弁当が楽しみでした。授業参観の時は、みんなから、あれ、アイのママ? 超キレイじゃん、と言われて、とても鼻が高かったです。いつもニコニコのお母さんが大好きです」

両親というやつは、この瞬間のために生きてきた。披露宴は、親としての務めを果たした「承認式」でもあった。

「私にとって、お父さんとお母さんは、理想の夫婦です。二人は三十年以上、楽しいときも、つらいときも一緒でした。私も、二人のような夫婦になりたいな、とずっと思ってきました。

そして、……さんと出会いました。私は今日、お父さんとお母さんの元から旅立ちます。二人をお手本にして、あたたかい家庭を築いていきたいです。 ……さんのお父さんお母さん。私を新しい家族として迎え入れてくださってありがとうございます。これからも末永くよろしくお願いします。……さんと、どんなときも手を取り合い、二人歩んでまいります」

会場は拍手に包まれる一方で、幼馴染への思慕の念は完全に冷めてしまった。…… (音声と文字とがリンクしない)さんだと? 呆れる。いつも支えてたのは、私だろ? ぽっと出の男が、「親友」関係を軽く超えてしまうのは、心底納得がいかなかった。

さらに納得がいかないのは、つらい、もうやだ、死にたい、しんどいしんどいと言っていたアイが子どもを産むことだった。自分のしんどさを、子どもを産んで消化する。どこまで行っても自己都合ではないか。腹を痛めてリスクを冒しながら赤子を産み出すのは、何者かに取り憑かれている、あるいは、突き動かされているとしか、喜美子には思えなかった。