バースデーソングは歌えない。
3 抱擁 〜喜美子〜
大学二年の秋学期である。メールの返信が一日でも空けば、何かあったのではないかと喜美子は気が気でなかった。空しく呼び出し音が鳴り続けた後、ぶつりと切れ、《ごめん! ちょっと忙しくて》と文字が送られてくる。初めて、自分の存在が彼女に迷惑を掛けていると感じた瞬間だった。
休日のカフェはひときわ窮屈だった。
「彼氏ができたの」
嬉々として報告する幼馴染に、突発的に「おめでとう!」と口から出た祝福の言葉の意味を吟味して、そこに偽りの感情―制度化された意思が表れていることに喜美子は気が付いた。内心ぜんぜんめでたくないが、興味のある振りをしてみせる。「どんな人なの?」「写真ないの?」「いつ知り合ったの?」質問を投げながら、見ず知らずの男に怨念を募らせていった。
幼馴染の世界では、恋仲の彼氏が全てにおいて最優先の存在となり、数ヶ月後には式が挙げられた。
(ねえ、アイ、できちゃった婚、らしいよ)
(その言い方! 『おめでた婚』でしょ?)
(アイも、ついにママになるんだねえ)