自分以外の人間に対して時間と金を使う。それはすごいことだとは思う。だが、すごいと思うのと、そうなりたいのとは、まるっきり異なる。
以来、喜美子は、一つの関係性に執心するのをやめ、複数の関係性を常に“スペア”として保持しようと腹を決め、社交性ある人間に姿を変えていった。そのイメージは、髪の色が明るく、耳や指に光るアクセサリーを身につけ、ブランド物のバッグやシューズを身につけた美意識高い女だ。《女子の垢抜けテクニック》を検索しては研究した。
コスメを買い替え、シェーディングとハイライトを使って顔のメリハリ感をプラスした。流行のファッションをサイトで学び、アフィリエイトを踏んで購入した服が想像以上に似合っていたため自信がつき、そのまま勢いづいて都内の当日OKの美容室に出かけ、カラーを入れた。帰りの電車内では自分が市民権を得たように思った。
《ピアスの開け方》を検索し、さっそく皮膚科の予約を入れた。外見を積極的に変え、性格も外交的になっていった。講義で隣に座った人に筆記具を忘れたと言って話しかける姿勢を見せ、ゼミでコンパの誘いがあれば二つ返事で出かけ、着々とネットワークは構築されていった。
ところが、大学卒業と同時に、やはり皆も蜘蛛の子の如く散っていった。就活で自分自身の個性を殺し、髪も服も黒が基調となった。人間関係が刷新される節目に来ていた。喜美子は順当に一部上場企業の内定が決まり、研修後は正式に企画部の配属となった。
総務が担当する雑多な業務の受け皿とはまるで違い、花形の出世コースだった。入社してから半年もすれば、同期は柄物のシャツやスーツで着飾っていた。ステージが変わっただけで、人間模様は大学のそれと大差ないように思えた。歓迎会から、普段の付き合い、そして打ち上げや送別会、なるべく多くの人間関係をストックしようと試みた。
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次回更新は1月28日(火)、18時の予定です。
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