「考えすぎだよ。あたしなんて、なーんにも考えてないよ、明日のことなんて、明日考えればいいでしょ」
喜美子は短く笑って見せた。「トー横にいる子たちって、みんなそんな感じなのかな。あるのは今だけで、今が楽しければそれでいい、みたいな」
「そういうのはあるかも、みんなってわけじゃないけど、実際、自分勝手だよ、だって、自分のことしかわかんないんだから。ううん、自分のことだってわかんない、なーんにもわかんないんだから」
何を怖がっていたのだろう、喜美子は不思議に思った。思考の停止は進化なのではないか。この世を生き抜くための進化なのではないか。
「やりたいことをやって、やりたくないことはやらない。ミーちゃんとは真逆」
込み上げるものがあった。はあ、と深く息を吐いて、目を閉じてみる。瞼の裏側から広がる暗い暗い広間には、体がかろうじて形を保ち揺らめいている。そこには性別も年齢もなく、いかに視覚が脳と直結しているか思い知り、恐ろしくなる。
どうしたの。大丈夫? 遠くで、響く声、が、自分に対して向けられていると気が付き、喜美子は、意識を現実の中に戻していった。
この十数年、ずっと体内を滞留していた涙が頬を伝った。
「わぁぁ泣かないで! ひどいこと言っちゃったよね、ごめんね。ね? あたしが一緒だから、大丈夫だよ」
それは、長年求めていた言葉であり、少女自身が求めていた言葉でもあった。
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次回更新は1月25日(土)、18時の予定です。
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