はじめに

これは巷のどこにでもいそうな一組の夫婦の話である。六十代の夫と、五十代に至った妻。三十年にも亘り平凡でお気楽な日々。変化の兆しすら無い毎日の中に、それは突然訪れた。

「高原に別荘を建てようか」

唐突にも聞こえる事柄では有るがその頃の時代の気風でもあった。早速に進めた方が良いという周辺の後押しを糧に、この話は急速に本格化していく。

細かな事柄を好まない夫は私に丸投げ状態であった。その妻といえば目的も無く事柄に立ち向かう作業は全くの素人でありながら、一枚の紙の上で平面図のみではあるが素晴らしい体験をする。

大屋根で、居住部分と、三階建ての高さにも負けない吹き抜け天井の有る大空間を組ませたものである。多分憬れを型にしたもので用途等一切考えていなかった。しかし私は立ち上がったそびえ立つ堂々とした建物の姿を、図面上では捉えきれていなかった。

この大空間が二人の火種の元となり更に二人を大きく育ててくれる役割を果たすこととなるのである。用途等考慮に入れていなかった私の無計画さや安直さの中に突然目覚めた妻と、夫との考えの大きなズレ。物語はその克服から始まる。

変化の兆し

標高一二〇〇メートルの高原に別荘を建てる。

唐突な選択といえなくもないこの事柄だが一九九〇年代においてその頃の時代にはそのような風が吹いていた。どんな別荘が欲しいとか、どうしてもこのようなビジョンで行きたい等という気持ちは全く持ち合わせていなかった。

ただ究極時代の風潮に乗っていた。心で描いている計画等は無かった。東京に住む私達二人は家を建てた経験も無く何も知らなかったが、不安を抱くこともなく、この計画に取り組む二人は何を考えていたので有ろうか。実に淡々としていた。