両親の話し合いの結果、弟は女の所に引き取られた。だが、弟の住んでいる家の状況を聞くと私も兄も怒りの感情が湧いた。弟は久留米市に女とその男の家に住んでいて、そこからバスで私と同じ大善寺小学校に通っていた。小学校までは六つぐらいの停留所を数える距離である。
弟の住んでいた家には子供が二人いた。一人は中学一年の女の子で、下の男の子は私と変わらない年頃である。男は昼間から酒を飲み、子供達に新聞配達をさせている。そんな所に弟を置いておくわけにはいかない。
私と兄は弟から聞いた住所をたよりに久留米市に行った。久留米市は都会であった。私と兄は迷いつつ、何度も他人に聞きながらやっとたどり着いた。男の家を見つけるまで三時間くらいはかかった。古い一軒家である。私と兄は家の土間から男を見た。
弟の話した通りの赤ら顔で小太りの中年男が酒を飲みながら偉そうに座っていた。中学一年の女の子は痩せていて態度もおどおどしている哀れな小動物の感じがした。男の子も小さく痩せていて何かを怖れている表情をしている。
女は男に気づかっているのか、迷惑そうな表情である。私と兄が来たことを父の指図だと思っているような怪訝な表情をしている。酒焼けした顔の男は生臭く、贅肉のついた不快な男であった。
弟に隙を見つけて帰ってこいと、バス代を渡して兄と私は家に戻った。弟は二日後、迷子になりながらも帰ってきた。間違えて二つ手前のバス停で降りたという。歩いているうちにお腹が空いてパンを買って食べたらバス代がない。そのうちに夜になり、雨の中で野宿したという。
弟の話を聞くとよく家までたどり着いたと思う。恐らく獸と同じ帰巣本能であろうか。その時、弟はまだ七歳であった。
兄弟三人を見た父は、兄と私があんな奴の所には弟は置いてはおけないから連れ戻した、と言ったのを聞くと「石にかじりついてもお前達を育てる」と言って号泣していた。
その後も父は、酔っ払ってあの女の所に行っては罵りあいをしていたらしい。これは後日、父から聞いた話である。私のなかでは女からすでにメスという位置に格下げがなされていた。いや、動物のほうが自然の摂理に従っている以上、純粋であり格は上である。
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