家族の中の孤立
ある日の午後、また、てんとう虫が家の中に入ってきた。それは、もしかしたら以前にも迷い込んだことがある同じてんとう虫だったかもしれない。
大急ぎで家の中の明るい方向を探すふうでもなく、ぽろもきの気のせいか、のんびりと動いているように感じた。
ぽろもきは、のそのそと動く様子が妙に可愛らしく感じられて、身をかがめて、できるだけ同じ目線になるように床に横になって観察を続けた。
すると、まるで今までのお礼をするかのようなことが起こった。てんとう虫が、今までぽろもきが全く気が付かなかった台所横のコインが落ちている場所に歩いていったのである。コインを発見してぽろもきは笑った。笑っている自分に気が付いた。
それは、この家に来て、いや、この十数年間で初めての楽しい笑いだった。本当に小さな小さな出来事なのに、ちょっと面白かった。
たったそれだけの小さな楽しさだったが、この感情がぽろもきに好奇心を呼び起こした。スープ以外の食べ物を買いに行こうという発想である。
―スープに合う食材にしよう。それは、パンしかない。
だが、いっきに冒険をする勇気はない。確か、この島の港からここまで来るときにあったパン屋さんは、開店時間が早かったのを覚えている。なるべく人に会わない朝早くから買いに行こう。
ちょっとした冒険気分だった。往復する途中では誰とも会話せずに、パンを買って家に戻るという自分に課したミッションである。
ぽろもきは、港にあるパン屋さんに向かって朝早く出発した。今住んでいる古い家からは少し離れていたが、海から漂う潮風の香りが鼻から胸の中に入ってきた。
大都会島にいた今までには、1度も嗅いだことのない香りだった。初めて嗅ぐ匂いなのに、何故か懐かしいような、自分の身体に馴染んでいるような妙な感覚にとらわれた。
そして、パン屋さんは古い建物だったが、ぽろもきの好みに合ったものだった。
ぽろもきの性格は、両親や妹とはいろいろ違いがあった。
計算能力が低いということの他にも、動物や虫などの生き物が好きであること、マンションやショッピングモールよりも公園の木の下のベンチとか、川の流れが見える橋の上とか、大都会島の中の好みの場所も3人とは違っていた。
そういうことからも、家族の中での疎外感を少年の頃から強く感じて
いたのである。
―やる気の出るパンなんて売ってないかな。
心の中で呟いてみた。本気では思っていなかったけれど、こかパンにでも頼るような他力本願的な発想が湧いていた。
大都会島で生活する上で、最もぽろもきに足りなかったのは、計算を頑張ろうと思い、努力を続ける意欲だったが、天野家で過保護に育てられたことで、向上心が持てなくなったことにぽろもきは気付いていなかった。