「午前中にもらったチョコレートがあったでしょう」

「あぁ、そうでしたね!」

「あれ、篠原さんにも、持って帰ってもらって」

仕事の合間に挨拶に来ただけのあずみに、桂先生は気を遣ってくれる。

「それじゃ、篠原さん。二年生だとこれから実習も入ってくるだろうから、またそこでも会えるかもしれないね」

桂先生はそう言いながら笑って、またパソコン画面に目を戻した。そうして仕事モードに戻った。

「ありがとうございます」

あずみは深々と一礼をして、診察室をあとにした。そして、ほかの診察室の先生たちにも挨拶をして、結城さんと看護師の控室に向かった。

先ほど桂先生にいただきもののチョコレートがあると言われていた。それをもらって帰るのは逆にお世話になったあずみにとっては申し訳ない気がしたが、辞退するのもかえって失礼にあたる。

チョコレートは、先日桂先生に難しい手術をしてもらい、退院していった患者さんからのものらしい。

本当は医師や看護師は、患者から金品をもらってはいけない決まりになっている。しかし患者の中には、退院時にどうしてもと言ってお菓子などを持参する人がいる。特に、年配の患者に至っては、確実に何かしら持参する。

それは仕方のないことでもあった。年配者にとってみれば、腕のいい桂先生に手術してもらったことだけでも感謝なのだ。だから桂先生としては、金銭はともかく菓子折りくらいなら、相手の気持ちを汲んで受け取ることもある。

「桂先生は相変わらず人気ですね」

結城さんからチョコレートを受け取りながら、あずみは言った。

「本当にね。うちの病院で一番予約待ちが長いドクターじゃないかしら」

結城さんもうなずく。

「この前いらした患者さんは、桂先生にどうしてもってお願いに来られて半年先でも難しいって話だったわ」

「うわ、半年……」

あずみは改めて驚いた。

「そりゃ、緊急性を要する手術だったら、なんとかして差し上げたいけど……」

「そうですね……」

「桂先生はひとりしかいらっしゃらないもの」

そう言って結城さんは笑った。

ほかにも眼科の医師はいる。しかし、特殊な難しい手術となると、桂先生にしか対応できないこともある。そういった場合はやはり患者は待つしかないのだ。

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