1 ある事件

制服を返し終わり、事務所を出て、あずみは昨日までの仕事場だった一般外来病棟へ向かった。眼科はそれぞれの診療科の中でも一階のフロアの一番奥まった位置にある。

診療科の位置は、中央処置室、外科、整形外科、内科、耳鼻咽喉科と続く。そして眼科だ。二階にも診療科はあり、産科婦人科や小児科、泌尿器科などがあった。眼科に向かう途中にほかの診療科の前を通りかかることはこれまでに何度もあった。

あずみがそこで知り合いに会うことはほとんどなかったが、いつも患者が多い時間帯だと待合いスペースのあたりでは、椅子が人でいっぱいになっている。

あずみは外科の前まで来た。もともと外科はなじみがなかった。手術の見学や実習などもしたことがないあずみは、あまり立ち入ったことがない科だったが、今日は特に待合いスペースに人が多い。

救急外来もある総合病院は急患が入ると一般の外来患者も待たされることがある。先ほど救急車のサイレンを聞いた気がするので急患が入ったのだろう。そう思いながら通り過ぎようとしたとき、あずみは思いがけず待合いスペースの中に知った顔を見つけた。

あれ……? 真琴?

昼休みに学食で待ち合わせすると約束しておきながら、すっぽかした真琴の姿がそこにあった。

しかし真琴はひとりではなかった。黒髪を肩あたりで切り揃えたボブヘアのすらりとした若い女性と一緒である。その女性と何か親密な様子で話をしている。

女性は童顔だったが、きちんとスーツを着ている姿からすると、わたしたちの年齢よりは少し上のようだ。雰囲気から社会人のようだった。学生には見えなかった。

真琴にもあずみの知らない知り合いがあって当然だが、ふたりは、ある程度、近しい間柄のように見えた。しかも、ふたりの様子はかなり深刻そうだった。

―真琴の家の会社の人かな?

社会人で真琴が知り合うとしたら、まず、真琴の家の会社の人間が思い浮かぶ。真琴の姿を見掛けたので声を掛けようかどうか迷ったが、とても気軽に声を掛けられそうな雰囲気ではなかった。結局、あずみは黙ってふたりのそばを通り過ぎた。

外科の前を通り過ぎるとき、急患のため診察をお待たせしております、との案内が出ていた。あずみは、真琴の深刻そうな顔と急患があったということを結び付けないわけにはいかなかった……。

眼科はいつも忙しい。

今日も、桂先生目当ての患者であふれかえっていた。

あずみは昨日の春休みまで、患者に予約票を渡したりする受付の手伝いをしていた。

冬休みのときにも一度眼科でお世話になっているのだが、そのときにはカルテの整理や検査機器の片付けなど雑用全般であった。しかし、春休みには二度目の眼科のバイトということで、受付の手伝いに回された。

受付は医療事務の専任の担当者がいるのだが、患者が多くなるとひとりでは対応しきれない。健康保険証の記録を照合して、患者に次回の予約票と会計に回すための受付票を渡す。それだけでもてんてこ舞いだった。