初めてのデート、それもこんなにロマンチックなムードの場所で、いったい何を言い出すのかと、驚いて私が彼の顔をうかがうと、彼は大真面目に言葉を続けるのでした。
「僕は作家だからね……。一生夢を追い続けるのが仕事みたいなものだ。結婚してしまうと想像力が枯れてしまう。しかし僕は子供だけは欲しい。僕の優れたヴェネツィア人の血を受け継ぐ子供を、この世に残したいのだよ」
「……それは、考え方としては、とっても素晴らしいかも」
私は精一杯の皮肉を込めて言いました。ところがこの大作家にはそれが通じなかったようで、私の言葉に笑顔でうなずきました。
「それで初めて君を機内で見たときひらめいた。日本人とイタリア人の血を受け継ぐ子供を残したいとね。つまり、日本人とイタリア人の混血なら、これは優秀な子供が生まれるに違いないと考えたわけさ。自分のように、天才的な子供が欲しいんだ。君は僕の考えに賛同するかね?」
この凄まじいほどの自信に、ただただ圧倒されて、いっぺんに夢から覚めた私は、あきれ、やがておかしくなって、はしたないと思えるほど、大きな声で笑ってしまいました。それからもっともらしく、かつ神妙な顔をして、この前代未聞の奇妙な申し出を断りました。
「素晴らしいアイデアだと思います。また私を選んでいただいたことに感謝します。でも、あなたの天才的な血を受け継いだ子供を産むためには、私は未熟すぎるし、まるで自信がありませんので、あなたの申し出を断らせていただきます」
さすがに彼は、超ハンサムなプレイボーイらしく、「それは残念!」と言って首をすくめただけで、未練を残すことなくその話は打ち切りにし、その夜は楽しく語って飲んで、別れました。
私も変な提案にすっかり白けてしまい、彼に対して燃えていた慕情は、跡形もなく消え失せてしまいました。
しかしそれ以来、彼とは色恋抜きの本当の友達になり、ローマへ行くたびに、映画界の人脈を紹介してくれました。彼のおかげで、イタリア映画界のパーティやイベントなどに参加させてもらい、著名なスターやスタッフと充実した時間を過ごす機会を得たのです。
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