「沖ヶ島村の村役場の事務。非正規なんだけどね。役場はなかなか中卒じゃ雇ってくれないんだぞ。勤務態度が良ければ、長くいると正規で雇ってもらえるかもしれないんだ」
「先生、非正規って?」
「アルバイトを募集だって」
沖ヶ島村の財政は少子高齢化によって非常に厳しく、非正規という雇用なのだ。実はそれには村の抱える深刻な問題がある。
高校進学で島を離れたら最後、卒業後、帰島しないことが問題となっている。何しろ全国どこでも少子高齢化が進む。沖ヶ島のような僻地は限界集落と言われ、全国過疎地域連盟には過疎を食い止めるための様々な取り組みがされている。
その過疎地域に属する沖ヶ島村もやはり、村長が旗振り役となって村民たちから多くの意見を聞いて対策にあたってきた。若年層がひと家族でも多く村内に残ってくれないと島は高齢者ばかりになり、税収は減り年金は増える一方だ。国策でもある。
恵理はまだ15歳だ。しかも女子。このまま島内に残ってくれればいずれ結婚して子供に恵まれると村に新しい命を宿し、やがては沖ヶ島村を背負って立つ若者に育ってくれる。
かといって島内に産業といえば漁業・農業の他は、民間企業といえば、島焼酎と塩の工場ぐらい。あとは公務員とか土木作業員。海の透明度が高いが、交通の便が悪いこと、1か所ある入り江以外は島の周りが断崖絶壁で観光産業が根付かないことが残念だが、それは将来の課題。
とりあえず一人でも若年層の流出を食い止めるため取った策が、村役場の事務のアルバイト募集という訳だ。沖ヶ島中学校に募集を出した。村長以下役場の職員はどうせ今年も卒業生は進学で島外だろうとなかば諦めていたところへ、就職希望者が一人手を挙げた訳だ。野口はこのグッドタイミングに恵理の肩をポンと叩いた。
「小川さえ良ければ先生は内申書を書くよ。小川は履歴書を書いてね。先生が書き方を指導するからね」と、野口と恵理の間ではトントン拍子だ。
「先生、恵理の進学の話はどうなるんですか」温和なはずの智子にしては珍しく激しい口調で言った。役場勤務というと聞こえがいいし折れてもいいんだが、DV夫と同じ屋根の下というのがどうしても嫌だった。