「お母さん、私、履歴書書くから。ここに就職したい」ここで踏ん切りを付けたかった。

恵理は、母親に似て気の優しい子に育っていた。父親の暴言・暴力の中で暮らしている。

普通の子ならこんな家、高校進学と同時におさらばなはずなのに、どうしても家族と同居して就職を主張するのには理由があった。人を憎まない恵理は、もはや家の中で暴れたい放題の祐一の言動でさえも批判しない。むしろ、智子と一卵性親子のように祐一のことを哀れに思っている。そして、智子にこれ以上危害が及ばないように、いざとなったら智子を助ける覚悟があるのだ。

そういう訳で、島を離れては見守れないから進学しない。島内で就職する道を絶対、譲らないのだ。優しさと正義感の強さはまさに、母親譲りである。

智子はここまで自己主張の強い恵理は見たことがなかったことに加え、やはり恵理がかわいい。手元に置きたいというのはある。そばにいて話し相手や手伝いをしてくれるんならそれも有りかと、考えが揺らいだ。

「あなたがそんなに言うんなら、1回そこを受けてみなさい。役場だったらまあいいでしょう。でも不採用なら進学するのよ」と提案した。

「ありがとう、お母さん。私、家を離れたくないの」

「よーし決まった。先生は内申書を書くからね」

全く智子の予期せぬ3者面談となった。学校を後にしながら智子は(ああは言ったものの、本当に良かったのかな。いや、いいとは思えない。恵理がかわいそう)という気持ちでいた。

  

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