アザレアに喝采を
Ⅰ 節制
帰りの電車で座席に座ると、途端に嘘をついて先に帰ってしまったことの後悔が押し寄せた。家に帰ってからも、美香か誰かが手土産に持っていったケーキや焼き菓子を家に届けに来るような気がしてならなかった。そんなことは起こるはずがないのに、一度考え始めるとその妄想は止まらなくなった。
嘘をついたことを咎(とが)めに来るのではないかという妄想にも苦しめられ、逃れたはずのケーキや焼き菓子に追いかけられるような気がした。
もう何もかも、苦しい。本当は、皆と一緒にいたかったのに。噓なんてつきたくなかったのに。どうして食べちゃいけないって思っているんだろう、どうして自分で食べていいとか、いけないとか決めてしまうのだろう。
それすらも分からないのに、栞にとって何の制限もせず食べることは、もう怖いことになっていた。
食べ物は自分よりも偉い存在で、「食べ物に支配されている」のだから自分の好きなように食べることは許されない。食べ物の前ではただ黙ってひれ伏し、服従するしかないのだ。
生理はいつの間にか来ないことが当たり前になって、体重は36キロになった。鎖骨の辺りがゴツゴツとし、目だけが大きく、何を着ても服がぶかぶかして見えるようになった。
それでも栞は自分で決めたルールに従うことをやめられないまま秋が過ぎ、冬が始まろうとしていた。