一人ひとりの具体的な余命は分からない
各々の患者さんにどの程度抗がん剤治療の効果が得られ、それがどの程度続くのか、医師には予測できません。ですから、最期の体調悪化の期間がある程度予測できても、全体の余命までは予測できないのです。
楽天的な人なら、「私は先生の教えてくれた平均余命より長生きしそう」と思うでしょうし、悲観的な人ならば「私はいつも運が悪いから、長生きできなさそう」と落ち込むかもしれません。
結局のところ平均余命とは、ひとつの統計的データにしか過ぎないのです。ちなみに平均余命とはエドワード・カプランとポール・マイヤーの二人が考案した「カプラン・マイヤー生存曲線」から導き出されるもので、医者がよく用いる曲線です。
【腫瘍内科医のつぶやき】――半分は平均余命よりも長生き――
患者さんに平均余命を伝えることは、本当に良いことなのでしょうか? それとも伝え方が大事なのでしょうか?
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは同じことでも表現次第で感じ方に違いが出る「フレーミング効果」について語っています。
「手術1カ月後の生存率は90%です」の方が「手術1カ月後の死亡率は10%です」より力強く感じる注4)。
患者さんに同じことを伝えるにしても、表現次第で受け取り方は全く変わってきます。私は、「平均余命」の数字を言う前に、いつも次の言葉を繰り返します。
“これから言う平均余命は、決して具体的なあなた個人に残された時間ということではありません。患者さんの半分は平均余命より長生きです”。
注1)神谷美恵子著『人間をみつめて 神谷美恵子コレクション』加賀乙彦解説 みすず書房 2004年
注2)Murray S, et al. Illness trajectories and palliative care BMJ 2005; 330 doi: (閲覧日:2023年5月1日) https://doi.org/10.1136/bmj.330.7498.1007
注3)Pirovano M., et al. A New Palliative Prognostic Score: A First Step for the Staging of Terminally Ill Cancer Patients. Journal of Pain and Symptom Management. 1999
注4)ダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』 村井章子訳・友野典男解説 早川書房 2014年
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