その夜、カザルスは一人音楽室にいた。小さな部屋だがカザルスが蒐集した楽器を納めるためにわざわざ作らせた部屋だ。寄せ木細工の壁は均等な間隔で何か所か穿(うが)たれ、その窪みの一つずつに集めた楽器を収納し、飾っている。
その窪みの下部には見落としてしまいそうなほどの小さな穴があって、そこに鍵を差して手前に引くと、するりと引き出しが現れるという隠し細工が施してある。彼は一見素朴な作りに見える、
飴(あめ)色のリュートの下の小穴に鍵を差し込んだ。ここを開けるのは二十数年ぶりになるか……。
音もなく引き抜かれたその中には、温(ぬく)い乳の色をした薄絹の襟巻きがきちんと畳まれて納まっていた。はあ、と息をついたカザルスの心に、まるで玉手箱を開いたように過去が蘇る。
カザルスの母イザベラは、異国に生まれ育った王女だった。彼らの家系がまだ一地方の豪族にすぎなかった頃、近い将来この国を治める一族になるであろうと考えた父王の命に従って、次男である父のもとに嫁いだのは十七の時だ。
宮廷育ちの母にしてみれば蛮族に嫁ぐような輿入れであったが、長兄とは違い、生来穏やかで繊細なものへの憧れが強かった父には、母が持ち込んだ生活はよく性に合い、同じ一族でありながら、次男である父の家系だけが急速に垢抜けていった。
カザルスもそんな母の影響を受け、武以上に知をよく鍛え、審美 眼 に優れた感性鋭い子に育っていった。
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次回更新は12月19日(木)、18時の予定です。
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