第三章 焦燥

前日はこの季節にしては珍しいほどの温かさで、午後になって少し雨が降った。そのちょっとした雨が、上流に残っていた雪を溶かして川は一気に増水したという。

足を滑らせたユリアが川に落ちたのを、ファラーが咄嗟に助けに入ったが、水流は激しく、二人は抱き合ったまま流され、かろうじて流れの少し澱んだところで岩にしがみついた。

バーラスが無事を確認して大急ぎで館(やかた)へ縄を取りに帰ったが、戻ってみると、もうその場所に二人の姿はなかったという。

人を呼び集めてずっと下流まで捜してみたが見つからず、翌日の朝、支流が分岐する地点の中州に二人一緒に打ち上げられているのを発見した。それが十日前のことだ。

二人を懇(ねんご)ろに葬って、バーラスがそれをカザルスに報告に来たのだった。

「儂(わし)とて、報告を受けたからといってにわかには信じられん。事の真偽は人をやって確かめねばならぬが……それをするのが儂には恐ろしゅうてならん」

椅子にうち沈んだカザルスは、目頭を押さえて沈痛な面持ちで呟いた。

「川で死んだとはのう……」

カザルスの思いは、城の傍を流れる小川へ飛ぶ。かつてファラーとユリアが出会った森の中の小川は、彼らが死んだという川の支流だ。

自分の妹としてこの城で一緒に育ったユリアは、その小川でこっそり様子を見に来ていた異境の青年に出会い、その夜のうちに追っ手を振り切ってギガロッシュの岩へ入った。岩の向こうに村があるなどとは、誰も知らない頃のことだ。