第二章 変動

「何でこんなものを連れてきたんだ! こいつは魔境の民だぞ。ああ、おぞましい。ああ、気味が悪い! こんな化け物みたいな奴に指一本触れさせてなるものか! 消せろ! 早く消せろ!」

リリスに殴りかからんばかりの主人の両足に番頭がしがみつくと、染め物商は、リリスに向かって思いつく限りの罵声を浴びせた。

ラフィールは、この商人が染めた糸を納めるため城門を通るのを何度も見かけている。ヴァネッサの村独自の染料を使って染め上げると、赤がこんなに鮮やかに染まったと、手放しで村の技を誉いめてくれた人物だ。

今、自分たちを忌まわしそうに見下ろしているのが同じ男かと思うと、ラフィールはあの時素直にいい人だと感じてしまった自分の気持ちが悔やまれる。

その間にもリリスは医者を押しのけ病人の額に手を当てた。

医者は手に負えぬと承知していたのか、意外にすんなりと患者を引き渡したが、家人の手前、耐えられない侮辱だと息巻いて、えらい剣幕で部屋を出ていった。

病人はといえば、悶絶しながらも真っ白で赤い眼をしたリリスの姿を見て、気を失わんばかりに怯え、頬を引きつらせた。

召使いの女たちは、咎めるような険しい視線で睨みつけていたが、リリスが傍に寄ると悲鳴を上げて飛びのいた。仕方なくリリスはラフィールに病人が振り回す腕を押さえつけているように命じた。

番頭から聞いた話では、二、三日便通が途絶えたあと、急に激しい腹痛を起こし、何を食べさせても嘔吐してしまうのだという。

リリスがその頬を触り、落ち着いた態度で大丈夫だと声をかけると、取り敢えず病人は抵抗しなくなった。寝間着をめくり上げると、リリスと同じほどに生白い、膨張した腹が剥き出しになった。

主人は「何をする!」とリリスに飛びかかろうとしたが、リリスがその腹に両手を当て、まるでパン種でもこねるように回しはじめたのを見ると、恐ろしさのあまり足をすくませた。

室内にいる者は、誰もが顔を手で覆い隠しながら、指の間から息を殺して様子を窺った。やがてリリスが病人の腰を横に向けたり、尻を持ち上げたりするうち、急に病人の腹がずずっと音を立てたかのように動き、そのとたん、彼女は放心したように、はあっと大きなため息をついた。

「何をなさったの?」

唖然としてそう尋ねる病人は、七転八倒の痛みから嘘のように解放されていた。