第二章 変動

そうした患者が庵に運ばれてくれば、リリスは手伝いもするが、イダが城下へ下りていく際に、彼は一度も同行したことがない。イダが敢えてついてこいとも言わなかったのは、頼み主がリリスを拒むからだ。

領主カザルスの威令によって、表向きは平穏にヴァネッサの民を受け入れている領民たちも、命にかかわることとなればあからさまに本音が出る。

リリスが番頭に尋ねれば、案の定、主人に頼まれたのではなく、ご内儀の様子を見るに見かねて一存で呼びに来たのだという。

「ご内儀は俺に容態を見せてくれるのか?」

リリスの心配は真っ当だが、番頭の顔には他の選択はないと書いてある。その真剣さに負けて、とにかく行くだけは行ってみようとリリスも覚悟を決めた。

行った先でどんな事態になるかもわからないから、念のためラフィールを連れていけと、老練なイダが助言したので、小僧にラフィールを呼びに行かせ、城門で合流しようと庵を出た。

リリスは道すがら不安に沈んだ。染め物商が自分を拒めば、悔しいが、それならそれで治療しなくて済む。病人には気の毒だが、それは俺の責任じゃない。

だが、仮に容態を見せたとしたら、これはどうあっても助けなければ一大事だ。助からぬ病であったとしても、死ぬのは病のせいではなく、俺のせいなのだ。魔境の民が殺したと逆恨みされるに決まっている。

急に呼び出されたラフィールも、寡黙になったリリスの緊張ぶりから事態の深刻さを読み取り、黙ってつき従った。

二人が案内されたのは、裏通りに面した屋敷の勝手口だった。焼煉瓦(やきれんが)の壁の一箇所に人が通れるほどの木戸があり、そこを入ると干し物をするためのかなり広い裏庭があった。

表からでは他の使用人の目があるからと、番頭は裏口から通すことを詫びたが、別に悪いことをしに来たのでもないリリスにしてみればそれも妙な理屈だ。

人目を気にしての言い訳なら、こちらの方が近いからとでも言ってくれた方が納得できたのにと思う。

厨房や女中部屋の脇を通って一家の居室部分へ入ると、豪商とはこれほど裕福なものかと目を見張る造りだが、そんなものに見とれている場合でもない。居間に通された辺りから耳を覆いたくなるような病人の呻き声が聞こえていた。