私が物心ついた頃には、もう家に車があった。父の勤務先でもマイカー通勤を始めたのは、父が第一号だったそうだ。

「全財産をはたいて車を買った時は、もうだめだと思った」と、後年、母はこう話していた。私の記憶では、物心ついてから高校三年生までの十数年間で、少なくとも四台は車を買い替えていた。

新しい物好きで、家電製品など目新しい物が発売されると、すぐに手に入れようとするタイプで、周囲からは、常に時代の最先端を走っていると言われていた。

熱帯魚に凝っていたこともあり、様々な種類の熱帯魚を水槽で飼っていた時期もあった。

鉄棒や卓球台まであったので、子どもたちも恩恵を受けていた面があったともいえるが、とにかく自分がほしいと感じた物は我慢できないのか、すぐに購入していた。

音楽が好きで、クラシックのレコードはたくさん持っていて、よくステレオで聴いていた。

美術鑑賞も好きだった。大きくてかなり装丁のいい図録が揃っていて、小学生の頃、家に遊びに来た友だちが感心して見入っていたのを覚えている。歴史の先生だから当然かもしれないが、日本史、世界史の全集をはじめ、文学全集、児童文学全集など、とにかく本は揃っていた。

私が高校三年生の時に、家が火災に遭ったので、それらは全て焼失してしまったが、生活費以外の部分では、父は思い切りよくお金を使っていたのではないかと思う。

そういえば、私が小学生低学年の頃までは、京都市の郊外に、鋭角にとんがった三角屋根が特徴のそこそこ立派な山小屋風の別荘もあった。

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