第二章 変動
晩年こそ、人好きのする陽気な大酒飲みのゴルティエだったが、彼がこの国に果たした役割は並はずれて大きい。
この国が先代の王、“大足”の異名を取ったルイ・フィリップによって統一される以前は、この辺り一帯の土地は多くの豪族や首領たちがただ無秩序に乱立しているにすぎなかった。
それぞれの領土や境界線も互いが手前勝手に主張するだけで、一つの土地を巡って略奪に近いような争いが日常的に繰り返されていた。そこに四十年ばかり前、ルイ・フィリップを中心とする一族が弱小なものを吸収する形で徐々に勢力を強めはじめた。
制圧した土地に法を定め、秩序を与え、十年の歳月をかけてようやく現在のような王を頂く国家体制を築き上げたのだ。
国家平定後、この国は王の直轄地を除き、概ね(おおむ)七つの領地に分割され、それぞれを王の一族や忠誠を誓って戦で功を立てた騎士らに封土として授けられ、統治を任された。
それが現在のプレノワールやシャン・ド・リオン、コルドレイユなどといった領地である。
だが、王朝が成立して三十年近くが経ち、ともに戦った初代の領主らはすでにこの世を去り、今では現王もそうであるように、その殆どが世襲により領地を受け継いだ息子たちの代に移っていた。
そんな中でただ一人、コルドレイユを治めるゴルティエだけは別格であった。
彼はもともとマテウス河の流域を治める豪族の息子だったが、十九歳で家督を継ぎ、二十一歳でルイ・フィリップを助けて統一の戦いに加わり、以後十年間、勇猛果敢な騎士として常に戦の最前線に身を置いて獅子奮迅(ししふんじん)の活躍をした。
現王のジャン・ルイとてその功績に敬意を払わずにはおられない、王朝成立時の唯一の生き残りであり、その体格のごとく、まさにこの国の均衡を支える上で重鎮の役割を担っていた。
その猛者ゴルティエが死んだ。カザルスはその朝、バルタザールを近くに呼び寄せて言った。
「これからはシャン・ド・リオンの動きに十分注意しておけ。そろそろあの獅子が目を覚ますかもしれぬぞ」