第二章 変動
向こうから気づかれないように距離を置いてはいても、気になるのはカザルスのことばかりで、意識するともなく、さっきからずっと彼の方ばかりを窺っているのだった。
すると、今し方(がた)カザルスの傍で何やら熱心に話し込んでいた鳶色の髪の若者が、急に不服そうな顔でその場を離れるのを目にした。
「あれはカザルスの倅(せがれ)かえ?」
「はあ、あの方はご嫡男のジェローム様でございます」
連れてきた家来が答えるのを聞いて、イヨロンドの青白い頬が緩み、ほう、と懐かしむような微笑みが漏れた。イヨロンドが何やら耳打ちすると、家来は小さく頷きその場を立ち去った。
一人になったイヨロンドは、浮かぬ表情のままこちらに歩いてくる若者に近づいた。
「おお、何と、プレノワールのジェローム様ではござりませぬか!」
俯き加減で歩いていたジェロームは、懐かしそうに自分の名を呼ぶ小柄な老婦人に心当たりもなく、怪訝(けげん)な顔を向けた。
髪を引っ詰めにした白い顔の老婦人は顔の肉も薄く、まるで髑髏(しゃれこうべ)が笑っているように気味悪く見えた。
「イヨロンドでございますよ、お見忘れかな。無理もありませぬわなあ、もう随分会うてはおりませんものな。そなた様もご立派に男ぶりを上げられて、私とてお見外れ致しましたわ」
品(しな)を作った老婦人のねっとりとした視線は、上から下からジェロームを眺め回した。
――イヨロンドか、この女の悪評はよく聞き及んでいる。嫌な日は嫌なことが重なるものだ。