ジェロームは薄い愛想笑いを浮かべて会釈すると、そのまま先を急いでいるふりをして行き過ぎようとした。
「ジェローム様、そなた様はこれからシャン・ド・リオンへお帰りかえ?」
あまりかかわりたくない相手なので黙って頷くと、イヨロンドはぱっと表情を明るくした。
「それはよかった。ならば一つ頼まれては下さらぬか。実はな、家来を一人連れて参りましたのじゃが、急にアンブロワへ用がございましてな、帰り道がこんな年寄り一人では心許ない。国境の大柳で伴(とも)と待ち合わせをしておりますのじゃ。ちょっと南へ大回りになりますが、どうか私をそこまでお送り願えませんでしょうか」
「お一人なのですか? それはお困りでしょう。私がここの者に、お屋敷まで伴を頼んでさしあげましょう」
同行するなどまっぴらごめんという心境のジェロームはそう申し出たが、イヨロンドはそれを拒んで言いすがった。
「いやいや、ここの者はゴルティエ様のお弔いでそれどころではございますまい。国境まででよろしいのじゃ。他に見知った者もおりませぬし、この年寄りを助けると思うて、どうかちょっとお回りいただけませぬか?」
イヨロンドは丁寧に膝を折って哀願した。人前で老婦人にそうまでされれば、無下(むげ)に断るのも騎士の名折れと、ジェロームは仕方なくイヨロンドを国境まで送り届けることになってしまった。
「そなた様はいつまでシャン・ド・リオンでご奉公なさるおつもりかえ? ゴルティエ様も亡くなられたことですし、そろそろプレノワールに戻られてお父上様のお傍でご領地内のことを仕切られてもよろしいのでは?」
道すがらイヨロンドは、渋々同行するはめになった不機嫌さをあからさまに顔に表したままの若者に話しかけた。イヨロンドの馬を曳きながら進んでいるため、二頭の馬の距離は否応なく近い。
「それは父が決めることですから」
突っ慳貪(けんどん)に受け流すジェロームにも、イヨロンドは引き下がらない。